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佐々木 正利

合唱指揮

 東京芸術大学声楽科卒業。同大学院修士及び博士後期課程修了。故須賀靖元(声楽)、故服部幸三(音楽学)、小林道夫(演奏法)、森晶彦(発声法)、故松本民之助(作曲)、故岳藤豪希(宗教音楽)の各氏に師事。

 1973年にバッハ「クリスマス・オラトリオ」の福音史家で楽壇デビューして以来、バッハをはじめとする宗教音楽のスペシャリストとして揺るぎない地位を得ている。1979 年シュトゥットガルトに渡りL.フィッシャー教授に師事。1980年第6回ライプツィヒ国際バッハコンクール声楽部門第5位入賞。同年より1982年までデットモルト北西ドイツ音楽大学に学び、H.クレッチマール教授に師事。在独中は欧州各国の演奏会に招かれ、特に1980年ウィーン楽友協会ホールでのマタイ受難曲では『若き日のP.シュライヤー』と新聞各紙で絶賛される。

 帰国後もライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、ベルリン交響楽団、国立ブカレスト交響楽団、NHK交響楽団等、世界、日本の著名オーケストラのソリストとして度々起用され、K.マズア、H.シュタイン、H.ブロムシュテット、小沢征爾、R.シャイー等、世界を代表する数々の指揮者と共演。また世界的宗教音楽の名指揮者であるH.リリング、H.J.ロッチュ、M.コルボ、R.ヤコブス等率いる、シュトゥットガルト・バッハ合奏団、ゲヒンゲン聖歌隊、聖トマス教会聖歌隊、RIAS室内合唱団等の演奏会に度々出演し、高い評価を受けている。

 特に世界的バッハ指揮者H.ヴィンシャーマン率いるドイツ・バッハゾリステンの演奏会には、ソリストとしてだけでなく自身が育てた合唱団も度々共演し、その歌唱力、合唱指導力によって絶大な信頼を勝ち得ている。

 1979年、1985年ザルツブルグ音楽祭に招聘され、モーツァルテウム管弦楽団、ベルリン聖へドヴィヒ聖歌隊と、 バッハ「マニフィカート」、モーツァルト「戴冠ミサ」等を共演し好評を博した。
在独中オペラでは、ヴェストファーレン州立歌劇場等で、『コジ・ファン・トゥッテ』のフェランド、『フィデリオ』のヤッキーノ、スカルラッティ『グリゼルダ』のコッラード役で出演。
現在までリサイタル 32回を数え、レコード・CDも多数リリース、またテレビ、FM等にも度々出演している。

 1970年東京芸術大学バッハ・カンタータ・クラブの創設に携わり、多くの後進を育てると共に指揮者としての活動を開始。以後40年以上に亘って主に宗教曲の演奏に冴えをみせ、そのいずれもが名演の誉れ高い。特に盛岡バッハ・カンタータ・フェライン、仙台宗教音楽合唱団、岡山バッハ・カンタータ協会等を率いての20数回に亘るヨーロッパ公演では『シュッツ、バッハの世界的担い手』とした最大級の賛辞が新聞各紙に掲載され、1993年のヴィンシャーマンとのマタイでは、『マタイ演奏史上、最も特筆されるべき演奏の一つ』、また1995年のJ.ツィルヒ指揮ニュルンベルク交響楽団との天地創造では『音楽と言葉との見事なまでの融合』とその音楽作りが絶賛された。

 1987、88年には、リリング音楽監督のバッハ・アカデミーにてTen.マスタークラスの講師を務め、またコダーイ・サマースクールや古楽サマースクール等でも指導講師に招かれるなど、その指導力については世界的に定評がある。門下生として世界の歌劇場で活躍する国際的歌手、オラトリオ・リート歌手、大学教授等音楽指導者を多数輩出しており、またコンクール優勝者等も数多い。

 1994年長年にわたる顕著な演奏・教育の業績に対し、第47回岩手日報文化賞(学芸部門)が贈られ、2011年には日独交流150周年を記念して、ドイツ大使館より日独友好賞(功労賞)が授与された。

 現在、岩手大学教育学部音楽教育科教授。二期会会員。日本声楽発声学会理事、日本音楽表現学会会長諮問委員、 仙台バッハ・アカデミー理事。盛岡バッハ・カンタータ・フェライン、仙台宗教音楽合唱団、岡山バッハ・カンタータ協会、東京21合唱団、東北大学混声合唱団、岩手大学合唱団、各指揮者、山響アマデウスコア音楽監督。二期会バッハ・バロック研究会講師。